投資用不動産のメーカー
Yの設立後間もなく、Y堂本社に「Y堂内S係様」と書かれた一通の手紙が届いた。
送り主は東京の下町・江東区で酒販店を営む20代目店主のY。
明治大学在学中の19歳で父を亡くし、酒販店を引き継いだ23歳の若社長だった。
手紙には「商売が好きな家族といっしょにSの経営をやってみたい。
募集の資料をぜひ送付して欲しい」と書かれてあった。
既にY堂とS社が提携したことは発表されており、相前後してアメリカの「S」を特集した記事を専門誌が取り上げ始めていた。
Yの店は決して今にもつぶれそうな店ではなかったが、自分の店の将来に漠然とした不安があった。
第一次オイルショックの物不足が直撃、卸会社からYの店には欲し商品が思ったように入荷しなくなっていた。
一方でスーパーにはちゃんと欲しい商品が並んでおり、近代的な経営ができそうなコンビニに強い興味を持っていた。
そこで、いても立ってもいられず新聞で見たY堂とS社との提携記事を頼りに、Y堂宛てに自分の思いを伝えるため手紙を出した。
ところがYの社内では1号店をどこにするのか、その1号店は実験店と位置づけて直営店にするのか、それともフランチャイズチェーンとして最初から加盟店を募って出店をするのか、意思決定をしていなかった。
S社の考えでは本部が店舗を作り、そこにフランチャイズ契約を結んだ加盟店主(オーナー)を送り込んで「S」を経営してもらうか、すでになにがしかの小売店を経営し、その不動産や建物を改装して「S」を経営するかのどちらかだった。
まだ日本に「S」1号店すらないために本来なら直営方式で消費者の反応、店舗の利益管理などの運営方法を蓄積するのが筋というものだが、Sは違った。
「フランチャイズでSを展開するという大前提がある。
しかも、直営方式だと、出店規制が厳しくなった大店法の抜け道としてSを別動隊として使っていると思われる。
苦しくても最初からフランチャイズチェーンでやっていくべき」と主張し、みんなを納得させ、あくまでもフランチャイズ方式でSを立ち上げることを目指した。
コンビニ経営に強い意欲を持つ若いYはまさに打って付けだった。
ただ、万が一を考えて、Yの経営する「S」が経営的に成り立たない場合には本部(Y)の負担で現状復帰し、酒販店時代に稼いでいた粗利金額を保証することにした。
東京・豊洲の埋め立て地に歴史的なS1号店が開店した。
店舗面積は約80平方メートル。
現在の標準的な店舗に比べて一回りほど小さい。
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